マザーという映画を見に行った日

デートと言ったら映画
デートと言ったらポップコーンを食べながら映画を観ることに決めていた。映画の割引も様々でハッピーマンデー割引や女性割引や夫婦割引チケットなどお得感の高いチケットが沢山ある。
映画を観ながら食べるポップコーンも随分と豪華になった。キャラメルポップコーンは甘くてその甘さがお気に入りなのだが、大きな器に山盛りでも映画が始まってしばらくするとなくなってしまうものだ。
久しぶりのデートである。マザーという映画だ。マザーという映画を観て目から鱗がポロリポロリと落ちた。
そうか、こんなことだったのか。映画としては面白みを欠いてはいるが長い歳月を経て、目からうろこが落ちるような謎を解き明かした映画に巡り合った。

匂いというコンプレックス
臭い。そんなコンプレックスというものについて長く論じられてきた。
嫌われることで生じるコンプレックスなのか?嫌いぬくことで生じるコンプレックスは、必ず臭いという噂の真偽について考えることがある。
人なるものに生じることのある癖やコンプレックスなるものについて、なにがしかの悪影響により生じるものであることについて気付いたのは、40を過ぎてからだ。
その時、思い当ったのだが、成長してしまうまで匂いについてのコンプレックスはなかった。思春期にニキビができなかったことと似たような影響だ。
そうは言っても人生は長いものだ。いつしか匂いがコンプレックスになりニキビが年を無視してできたことがあった。克服されていくコンプレックスだとしても、何某かの悪影響だ。悪影響なるものをこうむらないために随分孤立したものだ。
悪影響になる人々の傍若無人さに時にあきれ果て時に怒りを覚えるものだ。
人なるものに影響する時の不真面目に変なことを笑っている様子は、全く許し難いもので真摯なる姿勢であれば強引な形で悪影響を出して対応しないという事はないはずではないか!と事の次第から怒りばかりが沸くのであった。

マザー
母という映画ではなかった。或いは題名だけがマザーと動かないのか、そこで生まれ者というのがどんなものであるかという事が映画に撮られていた。
宇宙船のようなところから鹿のようにいきなり大人の姿で生まれたところが撮られている。
その底で産まれしものが中盤で何某かのものから吸い出せるだけ吸い込んでいる場面がありました。
何を巨大とうそぶきながら吸い出したのか?それがオナラだったんですね。オナラを吸い込んだ時の衝撃で地震が起きたのだそうです。
全くの種が明かされてそんな子とは友達にならないな!と思いました。
ニューヨーク旅行から帰って来ないんだよという噂ではまだニューヨークでオナラを吸いだし続けているそうです。なんというオカルトな話なのでしょう。